引用元: 「ちょっとした不思議な話や霊感の話 その33」より
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/ms/1327820432/
162: 可愛い奥様 2012/02/03(金) 22:57:58.87 ID:pwVqvYt30
春告鬼

節分の次の日 村から鬼が追い払われ これから春が立つという
もっとも清らかな日に生まれたはずの私は なぜだか昔から
鬼が気になって仕方ありませんでした 
私が祝われて生まれてきた夜 追い払われた鬼たちはどうしたろうか 
春が立つとは名ばかりの 雪深い村外れの小道を寒さとひもじさに震えながら 泣いて行ったろうか
生まれた日が近づくにつれ そんなことばかり考えました もしも私が生まれるために
鬼が追い払われたのだとしたら そう思うとなんだか悪いような
ほんとうは私が鬼だったかのような そんな気さえするのでした

ある年の節分の夜 私はとうとう鬼に出会いました 
その赤鬼と青鬼は 逃げ遅れて仲間とはぐれ 寒さとひもじさのため動けなくなり
裏の栗の木の下のとこでふたり手を取り合って 声を押し殺して泣いておりました
鬼たちは噂どおり恐ろしい顔をしていたけれど なぜだか私には
とてもやさしくなつかしく見えました 私はふたりを中へ入れてやり けがの手当てをして
あったかい栗粥を出してやりました 鬼たちはとてもつつましく大きなからだを小さく丸めて
ふうふう言いながら栗粥をすすりました なんだかおかしくて私が少しわらうと
いっそう肩をちぢこませて 鬼たちもくつくつとわらいました

163: 可愛い奥様 2012/02/03(金) 22:59:02.29 ID:pwVqvYt30
それから節分がくるたび 私はこっそりと その赤鬼と青鬼をうちへ招いて
三人であったかい栗粥を食べました 鬼たちはどんな暮らしをしているのやら
遠国のめずらしい話などを たくさん語って聞かせてくれました
父も母も知りませんお師匠さんだけがご存知でした
昔は私のように 鬼をかくまったり 他にもいろいろ付き合いがあったそうです
それはそれはゆかいな夜でした 私はいつしか節分が待ち遠しくなりました
でも、とお師匠さんはおっしゃいました 忘れてはいけないよ
人と鬼とが深く交わるところには かならず悲劇が生まれる
あの鬼たちはその気になれば たやすくお前など食い殺せてしまう
異形の力を持っている 塩梅をまちがえてはいけないよ
それはお互いの悲劇だから お前が気をつけてやらなくてはいけない

ある年の節分の夜 私はとうとう心を決めました お師匠さんのおっしゃったことは
痛いほどわかっておりました 寂しくて胸が張り裂けるようでしたが
それがお互いのためだから 言わなくてはなりません
ところが栗粥を食べ終わると 赤鬼と青鬼はふたりできちんと並んで立って
私に言いました
今までたいへん世話になった まことに勝手ながら おれたちはちょいと野暮用ができて
もうここへはこられない ほんとうに楽しかった からだに気をつけて

私はもう言葉にならなくて ただぼろぼろと泣きました 赤鬼と青鬼も泣きました
夜明け前 ありったけの栗の実を持たせて 
雪深い村外れの小道を 最後までやさしかった鬼たちが 去ってゆく後ろ姿を 
私はいつまでも見送っておりました

164: 可愛い奥様 2012/02/03(金) 22:59:26.11 ID:pwVqvYt30
それから節分がくるたび 私は栗粥を炊いては藁に包んだ栗の実と一緒に
裏の木の下にそっと置くのです 夫も子も知りません お師匠さんももういらっしゃいません
鬼たちの姿はあれから一度も見ていません でも翌朝栗の木の下へ行ってみると
空の器と遠国のめずらしい品が一つ二つ かならず置いてあるのでした
私はそんな品を 時々こっそり取り出しては眺めます
ある日子どもが見つけて不思議がりましたが 私は微笑んで言いました
古い友だちがね 母ちゃんの生まれた日を祝ってくれてるんだよ
ふうん やさしい人なんだねえ 子どもはそう言って不思議な品に見入っておりました

節分の次の日 春が立つとは名ばかりの 寒く晴れわたった朝です
いちめんの青空に まぶしいお日さんが昇って いくつもの樹氷がきらきらと揺れる
栗の木の下から 雪深い村外れの小道を見つめて 今はただこの清らかな風が
鬼たちにも吹いているよう そっと祈るのです

166: 可愛い奥様 2012/02/03(金) 23:54:57.71 ID:VIqy06G90
>>162-164
ええ話や
じーんときた

167: 可愛い奥様 2012/02/04(土) 00:01:53.30 ID:kSRStMw/0
>>162
これは有名なお話ですか?
うちの実家では豆まきはしません。
鬼は子供と遊んだり、守ってくれるからと祖父が言ってました。

168: 可愛い奥様 2012/02/04(土) 00:03:08.53 ID:ESkQy1rdO
>>162-164
切なくて、すごく胸に残る話だ
ありがとう

170: 可愛い奥様 2012/02/04(土) 00:26:57.01 ID:z9JALrwl0
鬼が追い払われたあとの、清らかな日か。
そんな風に考えたことなかった。


171: 可愛い奥様 2012/02/04(土) 00:43:42.77 ID:sTWxy+Vc0
鬼の話、まんが日本昔話しにそんなのあったな。
主人公はじいちゃんだったが、あれもいい話だった。

203: 可愛い奥様 2012/02/04(土) 22:03:23.96 ID:n805zLcX0
>>167
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